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2019-04-28

[][] アクターネットワーク理論と社会学研究会  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

★準備の都合上、参加予定の方はできるだけ下記アドレスまで事前にご連絡ください。★

★今回は参加できない場合でも、ご連絡をいただければ次回以降の開催予定等を共有させていただきます。★

今回は、現代フランスを代表する社会学者のリュック・ボルタンスキーを取り上げ、ご報告いただくことになりました。『正当化の理論』『資本主義の新たな精神』『胎児の条件』といった著作が邦訳されているボルタンスキーですが、アクターネットワーク理論(ANT)との接点も多く(以下の報告概要を参照)、社会の生成的な側面や遂行的な側面の捉え方について、理論・学説と経験的研究への応用という両面から考える機会にできればと思います。多くの方のご参加をお待ちしております。


  • 1)13:00~15:00ごろ
    「二つのプラグマティック社会学:その交差点と分岐点」
    話題提供者:小田切祐詞 氏(神奈川工科大学

ブリュノ・ラトゥールは、『社会的なものを組み立て直す』の中で、「社会的なものの社会学」と「連関の社会学」を区別し、前者の亜流としてピエール・ブルデューの「批判社会学」を、後者の下位類型の一つとして自身の「アクターネットワーク理論」を挙げている。ところで、ラトゥールも指摘しているように、ブルデュー社会学を「批判社会学」と最初に形容したのはリュック・ボルタンスキーであり、彼は自らの社会学を「批判の社会学」と呼ぶことで、ブルデュー社会学との差異化を図った。では、同じようにブルデュー社会学と距離を取ろうとするラトゥールの「アクターネットワーク理論」とボルタンスキーの「批判の社会学」はいかなる関係にあるのか。この問いに答えるために、本報告では、現在フランス社会学で市民権を獲得しつつある「プラグマティック社会学」という呼称の意味内容を検討していく。

  • 2)15:00~17:00ごろ
    「“計算の中心(Center of Calculation)”から離れた統計をどうとらえるかーアクターネットワーク、コンヴァンシオン理論、そして数量化の社会学」
    話題提供者:ソンジュンウ 氏(コロンビア大学大学院)

本報告は、コンヴァンシオン理論との共同研究を通じて発展したアラン・デロジエールの数量化の社会学(sociology of quantification)に焦点を合わせ、計算装置の生産と流通を分析するラトゥールのアプローチとの相違について検討するものである。ものや出来事をそれが記録された現場から分離して、計算の中心(center of calculation)で動員できる形に翻訳するネットワークから生じる遠隔作用(action at distance)の可能性を論じたラトゥールの初期理論は、その可能性を拡大および安定化させようとする営みの連鎖(chain of abstraction)の中で様々な計算装置が果たす役割に注目した。このような計算装置の捉え方は、アクターネットワーク理論から由来したカロンとマッケンジーの遂行性アプローチのみならず、イギリスの会計の社会学的研究とアメリカの統計学史研究、そしてコンヴァンシオン理論にまでも影響を及ぼしたものである。本報告は、まず(1)ボルタンスキー、テヴノー、そしてデロジエールが共に取り組んでいた国立統計経済研究所(INSEE)の社会職業分類研究プロジェクト(1978-1981)から数量化の社会学を発展させた理論的問題を概観し、(2)その問題に対して数量化の社会学が初期ラトゥールと類似のアプローチを共有していたことを明らかにする。その上で、(3)数量化の社会学が1990年代以降に初期ラトゥールのアプローチから徐々に離れ、計算装置の生産と利用を導く多岐なるコンヴァンシオンの間の衝突と妥協の歴史に注目し、遠隔作用と計算装置の利用を結び付けるコンヴァンシオンを歴史的に相対化する方向へ進む過程を検討する。最後に本稿は、(4)このようなアプローチの転換が具体的な事例研究において持つ意味を示す例として、戦後日本官庁統計への国民経済計算の導入過程を取り上げる。

  • ソンさんの報告で取り上げる予定の文献:
    • 1) Boltanski, Luc., & Thévenot, Laurent. (1983). Finding one's way in social space: a study based on games. Social Science Information, 22(4/5), 641–680.
    • 2) Thévenot, Laurent. (1984). Rules and Implements: Investment in Forms. Social Science Information, 23(1), 1–45.
    • 3) Desrosières, Alain. (1991). How to Make Things which Hold Together: Social Science, Statistics and the State. In P. Wagner, B. Wittrrock, & R. Whitley (Eds.), Discourses on Society: The Shaping of the Social Science Disciplines (pp. 195–218). Dordrecht; Boston; London: Kluwer Academic Publishers.
    • 4) Desrosières, Alain. (2001). How Real Are Statistics? Four Possible Attitudes. Social Research, 68(2), 339–355.

※上記の文献が生産された、1970年代と1980年代のフランス国立統計経済研究所 (INSEE)をめぐる歴史的・学術的背景に関しては、Desrosières, Alain. (2011). The Economics of Convention and Statistics: The Paradox of Origins. Historical Social Research, 36(4), 64–81.が詳しく紹介している。


★連絡先: y_ttis[atmark]yahoo.co.jp (立石 裕二、関西学院大学

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2019-04-07

[] おんとうろじーず1:Thomas Hofweberの場合  おんとうろじーず1:Thomas Hofweberの場合 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  おんとうろじーず1:Thomas Hofweberの場合 - 日曜社会学>社会学的告知  おんとうろじーず1:Thomas Hofweberの場合 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

形而上学の守備範囲を、言語や認識といったわれわれ側にはない存在者とそれらの構造、なのだとしよう。近年、形而上学の営みそれ自体への批判が観測される。

それらは様々な形態をとるものの、おおむね次のように言う。「従来の形而上学は穏当さというものに欠ける。もっと穏当で達成可能なプロジェクトに方向修正すべきだ。」

形而上学への、ときに冷ややかで、ときに世話焼きな、愛憎入り混じった視線のさまざま ——《おんとうろじーず》。その一端をここに陳列する。形而上学になにができるのか? 形而上学になにができないのか?


「おんとうろじーず」検討の第一の矢として、形而上学の穏当化を推し進める論者の1人であるThomas Hofweberによる(無駄に長い?)2016年の著作 Ontology and the Ambitions of Metaphysics (OUP, 2016) を取り上げ、合評会を行います。

本書では、形而上学という学問領域について、他の諸学問に対して特権的な立場を採ることなく、その独自性と正当性を確保するという試みがなされています。そして、数・日常的対象・性質・命題などの伝統的な存在論的問題が具体的に取り上げられ、著者自らその立場での形而上学を実践して見せています。

形而上学の専門的な知識は前提にしません。形而上学のあるべき姿について、ひとつの立場を知りたい方はぜひお越しください。さまざまな背景、出自をもつみなさんの参加を待っています。みなさまお誘い合わせのうえ参加ください。

  • 日時|2019年4月7日(日)、17:00 – 20:00(開場は16:30)
  • 会場|杉並区阿佐ケ谷区民地域センター(第6会議室)
  • 会費|500円(会場費・資料印刷資料など)、カンパ・差し入れ歓迎
  • 内容|T. Hofweber, Ontology and the Ambitions of Metaphysics (OUP, 2016) の紹介と検討
  • 申込|フォーム https://goo.gl/forms/uinlkDJaxB6CknE62 から回答
  • 締切|2019年4月4日(ただし定員に達した場合その時点で受付終了)
  • 定員|40名
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2019-03-30

[]第129回 哲学/倫理学セミナー 第129回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク - 第129回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 第129回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

https://peseminar25.wixsite.com/peseminar


第一部 発表

  • レヴィナスにおける倫理の時間性について」石井雅巳

 レヴィナスの第一の主著と言われる『全体性と無限』(1961)には、一見矛盾しているかのような主張が共存している。すなわち、彼は一方で「他性はあらゆるイニシアティブ、〈同〉の帝国主義の全てに先立つ」と他者の自我に対する先行性を述べるにもかかわらず、他方で「他性は自我を起点にしてしか可能ではない」と逆の事態を語るからである。こうした自我と他者の順序や両者の前提関係にかんする記述をわれわれはいかに解釈すべきなのだろうか。また、この奇妙な自他の関係は『全体性と無限』にのみ認められるものなのだろうか。

 本発表では、第一に、レヴィナスも言及しているデカルト『省察』におけるいわゆるア・ポステリオリな神の存在証明、および連続創造説の論証構造を補助線としながら懸案の箇所を整合的に読解することで、倫理的関係に潜む時間の構造を析出することを狙う。そして第二に、上の読解で取り出される時間論的構造は、決して『全体性と無限』でのみ展開されているものではなく、1940年代の主体性や救済をめぐる文脈で既に現れており、さらには第二の主著『存在の彼方ヘ』(1974)における「隔時性」や「痕跡」概念にその徹底を見て取れることを示したい。以上によって、レヴィナスの主要著作における倫理的関係に通底する時間論を抉出することを目指す。

第二部 発表

  • レヴィナスにおけるア・プリオリ概念−−−−デュフレンヌ『ア・プリオリと主観性』の読解から」佐藤香

 レヴィナスが『全体性と無限』以降に着目した哲学者のひとりに、ミケル・デュフレンヌがいる。レヴィナスはデュフレンヌ『ア・プリオリと主観性』(1959)への書評を1962年に発表し、『実存の発見』の増補版で、1960年代の重要論文「他者の痕跡」「謎と現象」「言語と近さ」と同じセクションにこの書評を置いた。『他者のユマニスム』に収録されている「意義と意味」(1964)においては、レヴィナスがデュフレンヌの困難を指摘していることもあって、この書評が注目されることは稀である。しかし、本発表では、デュフレンヌのア・プリオリ概念への着目が、その後のレヴィナスにとって重要な契機となっていることを示したい。

 レヴィナスは、ア・プリオリ性を、多様なものの同一化を宣告する作用として提示する(Cf.「言語と近さ」(1967))。同時にレヴィナスは、ア・プリオリ性には他人との接触的関係が含まれていると考える(同)。自己の同一化作用が既にして他人との関係であるというこの考え方、そして「経験」と「ア・プリオリ」を基礎付けの関係として考えることの拒否は、『存在するとは別の仕方で』におけるレヴィナスの思考の主軸を形成することになる。では、他人との関係は自己にとって自明であるという結論に至らないしかたで「ア・プリオリ」を他人との接触の経験を含むものとして思考するという一見矛盾した企ては、いかにして可能なのか。本発表では、この問いに答えるための手がかりとして、デュフレンヌのア・プリオリ概念がレヴィナスのア・プリオリ概念といかに響きあうのかを検討する。まず、デュフレンヌが「表現(expression)」として提示する「質料的ア・プリオリ」の内実を考察する。というのも、レヴィナスはこの論点に着目することで、自他関係から成る人間的秩序においてしか思惟可能ではないア・プリオリに関する着想をデュフレンヌのうちに読み取っているからである。そのうえで、この書評以降におけるレヴィナスのア・プリオリ概念の位置付けを検討していく。

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2019-02-23

[] 第128回 哲学/倫理学セミナー  第128回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  第128回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知  第128回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

https://peseminar25.wixsite.com/peseminar/128

思考のラディカリテートを、単に表面的なアクチュアリテートのみを追い求めることなく、その歴史の〈深さ〉に探り当てていこう、そのような趣旨で立ち上がりました「哲学/倫理学セミナー」も、下記の通り、128回目を開催する運びとなりました。引き続き、皆様と議論を深めていきたいと思っております。ご参加をお待ちしております。

第一部
  • 橋爪大輝「アーレントの行為(活動)概念をどう解釈すべきか」

 ハンナ・アーレントの主著『人間の条件/活動的生』(英語版1958年/ドイツ語1960年)の中核をなすのは、労働・仕事・行為という三つの活動性についての分析である。このうち、労働と仕事(ドイツ語版では制作)については、アーレント自身が具体例を挙げつつ、なにかを生産する活動性であると規定しており、直観的にも比較的理解しやすい。これにたいし、行為(action, Handeln:活動と訳される場合も)の活動性は、同書のなかでいちばん紙幅を割かれており、もっとも重要な位置づけが与えられているのは明らかなのだが、にもかかわらずその内実がはっきりとしない。多くの規定が与えられているが、それらは一見すると論理的に相互に独立であり、またその活動性が通用する射程もときにきわめて広く、ときにきわめて狭い。(たとえば、行為は関係を設立するという性格づけは、日常的な行為も含めてきわめて広く妥当するのにたいし、行為は人格の唯一性を開示するといわれる場合、そうした行為は経験上きわめてまれなものに思われる。)

 こうした状況に呼応するかたちで、行為概念の解釈者たちもまた、それぞれに固有の解釈を展開することになる。いわば様ざまな意味のクラスタの集合としての行為概念は、どこを強調するか、どの側面に光を当てるかによって、様ざまに相貌を変えるからである。本報告では、アーレントの行為概念の解釈者たちが、この概念をどのように理解してきたのかという解釈史を見ることによって、解釈の傾向を分類し、行為概念の多面性を洗い出したい。そして、可能であれば、分裂する行為解釈に統合をもたらすファクターを探り出したいと思う。

第二部
  • 栁田詩織「カントにおける心術の問題」(仮)

 道徳とはなにかという問いへの答えを、カントは義務としての定言命法・道徳法則のうちにもとめたといえる。ではわれわれ人間はどのようにして道徳的になりうるのか。この問いに対してカントがどのような思考を展開したかを考察することが本発表の目的である。

 カントによればわれわれが道徳的であるか否かは、道徳法則に従っているか否かによってはかられる。ではどのようにして道徳法則に従うことで道徳的になれるのか。この問いに答えるためには「心術 Gesinnung」概念を検討しなければならない。われわれが道徳法則に従うということは、傾向性ではなく道徳法則を選択するという心構え=「心術」を有しているということだからである。

 カント倫理学の特徴として「心情倫理学」と呼ばれることも多いいっぽうで、心術の意味や立ち位置は明確ではない。本発表では心術について確認したうえで、われわれがどのようにして善い心術を獲得しうるかを「心術の革命」の議論から検討する。またそこでは叡智的でも感性的存在者でもあるわれわれの存在のあり方が、時間という観点から見直される予定である。


会場のご案内

  • 湯島地域活動センターは、東京大学本郷キャンパスの隣にある文京区の施設です。
  • 入り口には「文京総合体育館」と書いてありますが、その建物のなかに地域活動センターがあります。
  • 「文京総合体育館」の1階正面玄関から入って、そのまま真っすぐ進みます。真っすぐ進んだ突き当りが、多目的室です。
  • 本郷三丁目駅から徒歩7分ほど、湯島駅から徒歩12分ほどです。
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2019-01-14

[] Workshop「ハイデガーと有限性の問題:存在・言葉・死」  Workshop「ハイデガーと有限性の問題:存在・言葉・死」 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  Workshop「ハイデガーと有限性の問題:存在・言葉・死」 - 日曜社会学>社会学的告知  Workshop「ハイデガーと有限性の問題:存在・言葉・死」 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

 この度、明治大学文学部哲学専攻と科研「北欧現象学者との共同研究に基づく傷つきやすさと有限性の現象学」との共催により、下記のワークショップを開催することになりました。

 昨年、力作『中動態・地平・竃:ハイデガーの存在の思索をめぐる精神史的現象学』法政大学出版局)を出版された小田切建太郎さんをお招きし、御著作に関わる内容をお話しいただきます。また、現在、明治大学国際日本学部で客員講師を務めておられる松本直樹さんに、『存在と時間』の死の解釈についてお話しいただきます。

 冬休みが終わってからすぐの時期になりますが、ご関心をおもちの方にはぜひお越しいただければ幸いです。

Workshop ハイデガーと有限性の問題:存在・言葉・死

  • 13:00-14:00 小田切建太郎(日本学術振興会PD・京都大学)「ハイデガーにおける存在とフュシスの動態をめぐって」
  • 14:00-15:00 池田喬(明治大学)「哲学することの条件としての翻訳」
  • 15:15-16:15 松本直樹(明治大学)「死を語る言葉をどのように聞くか」
  • 16:15-17:00 総合討議
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2018-12-01

[] 2018年度東北社会学研究会大会シンポジウム「1968から2018へ――社会運動研究の新基軸を求めて」  2018年度東北社会学研究会大会シンポジウム「1968から2018へ――社会運動研究の新基軸を求めて」 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  2018年度東北社会学研究会大会シンポジウム「1968から2018へ――社会運動研究の新基軸を求めて」 - 日曜社会学>社会学的告知  2018年度東北社会学研究会大会シンポジウム「1968から2018へ――社会運動研究の新基軸を求めて」 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

  • 日時:2018年12月1日(土)13:00~17:00 
  • 会場:東北大学川内南キャンパス、文科系総合講義棟2階の第3小講義室
  • 登壇者(敬称略)
  • 参加費:1000円(非会員・会員とも、お申し込み不要)
  • 懇親会費:4000円予定(要申し込み、東北大学川内キャンパス内を予定)
  • お問い合わせ:東北社会学研究会シンポ問い合わせ窓口 itacie15[at]gmail.com

シンポジウムの趣旨

 1960年代、北米や西欧、アジア、中南米の各国で、さらには社会主義圏においても、広範に社会運動の多発・拡大が見られた。これらの社会運動は、大量の若者の参加、近代主義西洋文化への疑義といった提起されたテーマの新しさ、創意工夫に富んだ直接行動など戦略面での斬新さなどが、人びとの注目を集めた。とくに1968年には、ベトナム戦争におけるテト攻勢、公民権運動を率いていたM. L.キング牧師の暗殺、「プラハの春」とソ連軍侵攻といった社会的大事件と即応しながら、社会運動が世界各地で高揚した。以来、“1968”は現代史や社会運動に関心を持つ者にとって重要な意味を持つ数字となっている。

 社会運動の社会学にとっても“1968”が持つ意味は大きい。アメリカ社会学では“1968”に関連する研究から、政治過程論や資源動員論、ネットワーク分析などが発展した。ヨーロッパでは、フランスの五月革命の経験などをもとに、新しい社会運動論が提出され、マクロな社会構造の変動と社会運動を連関させて論じる潮流をつくりだした。現在の社会運動論も、因果関係の説明を重視する前者の動員論的アプローチと、解釈的説明を重視する後者の行為論的アプローチにおおよそ二分されている。“1968”を大きな契機として発展した諸理論の功績は大きいながらも、現在の社会運動論は、ふたつのアプローチの二項対立に陥りがちであり、両者の統合や新しいアプローチの発展がいまだ十分に見られないと言える。

 同時に、近年の日本では、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけとする反原発・脱原発運動や2015年の安保法制反対運動など、社会運動が再び活況を呈しつつある。こうした状況に対応しうる、社会運動論の理論的発展が求められている。

 そこで、1968年から50周年にあたる本年のシンポジウムでは、社会運動論にとっての“1968”の重要性と社会運動論の現状をふまえ、あらためて戦後日本の社会運動と社会運動論の展開を検討する。具体的には、1960年代、1970から1980年代、2000年代と、戦後の異なる時期に発生した社会運動を研究した経験を持つ方々に、研究対象とした運動の歴史的意義や社会運動論における当該運動の位置づけなどについて報告いただく。 “1968”を基点に戦後日本の社会運動研究を振り返り、検証することによって、社会運動論の現状を越え、近年の社会運動をとらえるための新基軸を探求することが、本シンポジウムの狙いである。

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2018-11-17

[][] アクターネットワーク理論と社会学研究会  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント


  • 日時:2018年11月17日(土)13:30開始~16:00ごろ
  • 会場:CIVI新大阪研修センター 803C会議室(NLC新大阪8号館 8階)
    ※JR「新大阪」駅、地下鉄御堂筋線「新大阪」駅から徒歩7分
    http://www.civi-c.co.jp/access.html#shin
    ★新大阪駅の近くの別の場所に、同じ会社の貸し会議室がもう一つありますので、間違えないようご注意ください!!
  • 協賛:科学・技術と社会の会

今回は、アクターネットワーク理論(ANT)に関する論文で国際的に著名なSTS研究者/人類学者のCasper Jensen氏にご報告いただきます。ANTの系譜にある研究の現在、ANTと「存在論的転回」との関わりなどをめぐって興味深い議論が期待されます。多くの方のご参加をお待ちしています。

タイトル:On the Consequences of Post-ANT(ポスト-ANTの帰結をめぐって)

  • 話題提供者:Casper Jensen 氏(大阪大学
    (★英語での報告になります。質問は日本語も可です)
  • 要旨:
    1980年代以降、ANTの観念は不安定であった。ANTは常に批判されると同時にもてはやされ、からかわれるとともに称賛され続けてきた。ANTは理論として考えられるべきか、あるいは方法論として考えられるべきか、あるいはまたANTはそうした近代の「ジャンル」の解体を伴うのか否かは、いまだに開かれた問いのままである。本稿では、「ANTする」ことの意味、そして(さらに悪いことに)「ANTにおいてANTすること」のあとにそうすることの意味を分析するために、ジョン・ロウとブルーノ・ラトゥールによる重要な省察に分け入ってゆく。とりわけ筆者はアネマリー・モルとマリリン・ストラザーンによるポスト-ANTの二つの事例研究を精査し、複雑性、多数性、フラクタル性の概念について概要を示す。その目的はポスト-ANTを用いて思考することの分析上の帰結を例示することである。本分析が提示するのは、ANTを完全に捨て去ることなしに「ANTを超える」ことがどのように可能かをめぐる洞察である。
  • 文献
    • Christopher Gad and Casper Bruun Jensen, 2010, "On the Consequences of Post-ANT", Science, Technology & Human Values 35:55-80.
      https://doi.org/10.1177/0162243908329567
    • Jensen, C.B., Ballestero, A., de la Cadena, M., Fisch, M., Ishii, M., 2017, "New ontologies? Reflections on some recent ‘turns’ in STS, anthropology and philosophy". Social Anthropology 25:525-545.
      https://doi.org/10.1111/1469-8676.12449
  • ※上記論文の翻訳原稿を大阪大学の森田敦郎さんにご提供いただきました。事前に回覧しますので、ご参加予定の方は、できるだけお読みの上、ご参加ください。
  • ★準備の都合上、参加予定の方はできるだけ事前にご連絡ください。また、今回は参加できない場合でも、ご連絡いただければ次回以降の開催予定等を共有させていただきます。
  • 連絡先:y_ttis[at]yahoo.co.jp (立石 裕二、関西学院大学

[] ジンメル研究会  ジンメル研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  ジンメル研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  ジンメル研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

  • 日時:2018年11月17日(土) 14:00〜17:30(受付13:30〜)
  • 会場:早稲田大学戸山キャンパス 33号館438教室
  • プログラム
    • 川本 格子(神戸女学院大学ほか)「集団の自己保存と構成員のダイバーシティ
    • 浜 日出夫(慶應義塾大学)「これでもありあれでもある――ジンメルの人格概念――」
    • 鈴木 弘輝(都留文科大学ほか)「『友だち幻想』が今なぜ受けているのか――若者論の視点から――」
      ※タイトルはいずれも仮題です。
    • 参加費(非会員):1000円

連絡先:msugimoto[at]kumagaku.ac.jp(熊本学園大学 杉本学)

ご参加希望の方は、なるべく事前にご連絡ください。

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2018-10-13

[] アクターネットワーク理論と社会学研究会  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

1)13:00〜15:00ごろ「経済現象における金融理論の遂行性」
  • 話題提供者:金 信行 氏(東京大学大学院)
  • 概要

本報告の目的は、経済社会学の新たな理論的潮流である遂行性(performativity)アプローチに関して、その代表的論者の1人であるドナルド・マッケンジー(Donald MacKenzie)の議論に注目してその内容を明確化することにある。アクターネットワーク理論の影響を受けて経済現象の成立において学知や計算装置といったモノ(thing)が果たす役割に着目する遂行性アプローチは、経済現象における社会関係の役割の重要性を説いた「新しい経済社会学」以降の重要な分析視角であるにもかかわらず、十分に検討がなされてきたとはいえない。本報告では、

  1. まず遂行性アプローチに関わる研究動向を概観し、
  2. マッケンジーによる金融理論の遂行性の事例分析を題材として遂行性アプローチの説明様式を明確化した上で、
  3. 類似の説明様式との比較によって遂行性アプローチの独自性を検討する

(本報告は今年度に予定されている第91回日本社会学会大会での報告内容をベースに加筆修正を加えたものとなる予定である)。

  • コメンテータ:岡本 紀明 氏(立教大学)

マッケンジー『金融市場の社会学』の訳者であり、会計学がご専門の岡本紀明氏よりコメントをいただきます。エジンバラ大学での在外研究中にマッケンジーと実際に話して感じた点や、マッケンジー自身や金融社会論の最近の研究動向などを含めてお話しいただく予定です。

  • 文献
    • MacKenzie, D.A., 2009. Material markets : how economic agents are constructed. Oxford University Press.(邦訳:岡本紀明訳, 2013. 『金融市場の社会学』. 流通経済大学出版会.)
    • MacKenzie, D.A., 2008. An engine, not a camera : how financial models shape markets. The MIT Press.

※ご参加予定の方は、できるだけ事前に上掲書をお読みの上、ご参加ください。

2)15:00〜17:00ごろ「ラトゥールの”宗教の発話行為の適切性条件”は何を問題にしているのか」
  • 話題提供者:小川 湧司 氏(一橋大学大学院)
  • 概要:

本発表では、ラトゥールの2002年の著作Jubiler ou les difficultés de l’énonciation religieuse (英訳:Rejoicing, or the Torments of Religious Speech (2013) )、および2005年のエッセイ” 'Thou Shall Not Freeze-Frame’ or How Not to Misunderstand the Science and Religion Debate”などに見受けられるラトゥールの宗教理解の方法を検討する。これらの文献にてラトゥールが問題にしたのは、宗教の発話レジームと科学の発話レジームは全く異なっており、それらを取り違えることによって「宗教と科学」という論争軸が生まれるという点であり(この点については The Making of the Law (2010) 第5章にて、法と科学の取り違えについて議論されているのと同様の展開)、これらの複数の発話レジームにおける発話行為の適切性(felicity)の条件をそれぞれ比較することが彼の現在の研究課題となっている。本報告では、

  1. ラトゥールの宗教理解を複数の文献から概観し、
  2. An Inquiry into the Modes of Existence (2013) において打ち出されるラトゥールの比較研究と多元主義(Pluralism)の前提を検討する。
  3. その上でラトゥールの理解するところの"宗教の発話行為の適切性条件”は人類学の儀礼論における発話行為論とどのように異なっているのか提示し、

彼はなぜ従来の発話行為論と異なる立場を取らなければならないのかという点をその多元主義から検討し、それによって我々はどのような利益を得ることができるか、逆にどのようなことが説明できなくなるのかを議論する。

ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について : ならびに「聖像衝突」』の訳者であり、現代フランス思想がご専門の荒金直人氏よりコメントをいただきます。

  • 文献
    • Latour, Bruno. 2010. “ 'Thou Shall Not Freeze-Frame’ or How Not to Misunderstand the Science and Religion Debate.” In On the Modern Cult of Factish Gods. Duke UP: Durham. Chapter 3.
    • Latour, Bruno. 2013 [2002]. Rejoicing, or the Torments of Religious Speech. Julie Rose (Trans.), Polity: Cambridge.
    • Latour, Bruno. 2013 [2012]. An Inquiry into Modes of Existence: An Anthropology of the Moderns. Harvard UP: Cambridge; Mass.
    • Latour, Bruno(荒金直人訳), 2017. 『近代の〈物神事実〉崇拝について : ならびに「聖像衝突」』以文社.(→Latour, B., 2009. Sur le culte moderne des dieux faitiches : suivi de Iconoclash. La Découverte.の邦訳)

★準備の都合上、参加予定の方はできるだけ事前にご連絡ください。また、今回は参加できない場合でも、ご連絡いただければ次回以降の開催予定等を共有させていただきます。

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2018-09-09

[] 第43回ベルクソン哲学研究会  第43回ベルクソン哲学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  第43回ベルクソン哲学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  第43回ベルクソン哲学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

プログラム

  • 12:00~13:00 田村康貴(東北大学)「『二源泉』第3章における神秘主義と神経症」
  • 13:05~14:05 濱田明日郎(京都大学)「「内から共感する」色の経験について」(仮題)
  • 14:10~15:10 丸山文隆(東京大学)「過去は現在とどう関わるのか――存在と時間と物質と記憶」(仮題)
  • 休憩
  • 15:30~15:40 次回以降の研究会について(世話人より)
  • 15:40~16:40 細田一益(パリ第八大学)「方法としての直観とアンドレ・バザンの映画論」
  • 16:50~17:50 杉山直樹(学習院大学)「ベルクソンにおける行為と認識:一つの素描」
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2018-08-25

[] 第125回 哲学/倫理学セミナー  第125回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  第125回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知  第125回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

https://peseminar25.wixsite.com/peseminar

第125回例会 


第一部
  • 林 果穂「自由な行為による神の国への漸近――カント『宗教論』第三編の検討」

 本発表の目的は、主に『宗教論』第三編の検討を通して、カントが、倫理的共同体である「神の国」という理念の実現に対して人間の自由な行為が果たす役割を、どのように捉えていたのかを明らかにすることである。

 「私は何を希望することが許されるか」という問いに代表される『宗教論』での宗教と信仰の問題は、最高善と神の理念を通して、「私は何をなすべきか」という問いに代表される『第二批判』での倫理の問題と深くかかわっている。そしてこのことは、カントにとっての地上における神の国の実現と、道徳法則にもとづく行為は、どちらも叡智界の理念に関係づけられていることからも説明されるだろう。本発表では、まず『宗教論』で語られる神の国の内実について簡単に整理した後、その叡智界との関係について論じる。続いて、自由な行為が叡智界の道徳法則とかかわることを確認し、最後に、人間の自由な行為が積極的な意味での叡智界としての神の国を地上に樹立する可能性を持つことを述べたい。

  • 参考文献
    • Kant, Die Religion innerhalb der Grenzen der bloßen Vernunft/カント『たんなる理性の限界内の宗教』(カント全集10)、岩波書店、2000
    • Kant, Kritik der praktischen Vernunft/カント『実践理性批判-倫理の形而上学の基礎づけ』(熊野純彦訳)、作品社、2013
第二部

 『呪われた部分』第一部『消尽』(1949年)はエコノミーを主題としたバタイユの主著として知られている。しかし、バタイユは1945年の時点でガリマール社に宛てて「私が15年来取り組んできた『呪われた部分』」は「あと1年位で終える」という手紙を書き送っていた。この15年前とはちょうど「松毬の眼」草稿(1927~30年頃)や「消費の概念」(1933年)を執筆していた時期にあたる。ここで予告されている原稿は結局、未完のままに放棄され、歿後、『有用なものの限界』と題して出版されることになる。

 では、この間、バタイユのエコノミーをめぐる思考はどのような軌跡をたどり、いかなる論点を孕みながら『消尽』へと集約されていったのだろうか。本発表では、バタイユのエコノミー論の成立過程を跡づけながら、そこに含まれている「有用性」や「消費」「エコノミー」といった諸問題について原理的に考えていきたい。

今回開催要項は当セミナーHPにも掲載しております。https://peseminar25.wixsite.com/peseminar/125

《会場のご案内》
  • 湯島地域活動センターは、東京大学本郷キャンパスの隣にある文京区の施設です。
  • 入り口には「文京総合体育館」と書いてありますが、その建物のなかに地域活動センターがあります。
  • 地下鉄本郷三丁目駅から徒歩7分ほど、湯島駅から徒歩12分ほどです。
  • 湯島地域活動センター  〒113-0033 文京区本郷七丁目1番2号 文京総合体育館内
    google map: https://goo.gl/maps/Hb6GuYDBedD2
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2018-07-21

[][] 基礎法学総合シンポジウム「〈所有権〉を問い直す──基礎法学の挑戦」  基礎法学総合シンポジウム「〈所有権〉を問い直す──基礎法学の挑戦」 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  基礎法学総合シンポジウム「〈所有権〉を問い直す──基礎法学の挑戦」 - 日曜社会学>社会学的告知  基礎法学総合シンポジウム「〈所有権〉を問い直す──基礎法学の挑戦」 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

第1部 報告
  • 横山美夏「所有権の比較法的考察──フランス法の所有(propriété)概念」
  • 橋本誠一「日本における近代的所有権の形成」
  • 三成美保「ジェンダー視点から問う所有権」
  • 若松良樹「所有の意義について──財産所有性民主主義論をてがかりに」
  • 尾崎一郎「所有権の社会的機能──過少から過剰へ」
第2部 総合討論
  • 司会: 南野佳代、高村学人
  • 主催:基礎法学系学会連合、日本学術会議法学委員会
  • 連絡先: 基礎法学系学会連合 事務局 kisohogaku[at]gmail.com
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2018-05-26

[] 瀬戸内哲学研究会:連続セミナー「現象学的アプローチの諸相」  瀬戸内哲学研究会:連続セミナー「現象学的アプローチの諸相」 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  瀬戸内哲学研究会:連続セミナー「現象学的アプローチの諸相」 - 日曜社会学>社会学的告知  瀬戸内哲学研究会:連続セミナー「現象学的アプローチの諸相」 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

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瀬戸内哲学研究会:連続セミナー「現象学的アプローチの諸相」

趣旨

 フッサールにはじまる(とされる)現象学の方法を「経験の観点」や「一人称的な観点」によって特徴づけるとするならば、そこで当然出てくる疑問のひとつは「自分のものとしてアクセスできない経験やそれによって開かれる世界について、現象学は(どのように)探求を行うことができるのか?」というものでしょう。そうした経験や世界のわかりやすい例として、古代人のそれや精神疾患を持つ人のそれを挙げることができます。しかし、自分のものとしてアクセスできないという意味では、およそ一般に自分以外の人びとの経験や世界についても同様だと言わなければなりません。それらの経験や世界について何も手出しできないのだとすると、現象学的な方法はずいぶんと射程の狭いものだということになります。

 こうした問題に対して現象学の側からはさまざまな応答が可能ですが、今回の連続セミナーでは、隣接領域における現象学の受容という観点からこの問題を取り上げます。社会学・考古学・当事者研究・精神医学という領域からスピーカーをお招きして、

  1. 現象学的な方法がそれぞれの領域にどのように受け止められたのか、
  2. この方法はそれぞれの領域において実際にどれくらいの成果を上げたのか・上げることが期待できるのか

についてお話しいただき、それを題材としたディスカッションを行います。

スケジュール
  • 第1回 「現象学エスノメソドロジー」 2018年5月26日(土) 14:00–17:00
    • 講演:前田泰樹(立教大学)・酒井泰斗(会社員、ルーマンフォーラム)
    • 会場:岡山大学津島キャンパス法文経一号館3F全学共通スペース3-4(355教室)
  • 第2回 「現象学的考古学」 2018年6月1日(金) 14:00–16:00
    • 講演:松本直子(岡山大学
    • 会場:岡山大学津島キャンパス法文経一号館2F文学部会議室
  • 最新情報はこちらでお知らせします。https://setouchi-philosophy.weebly.com
  • 参加費無料(車で来訪する場合の駐車場代は各自にご負担いただきます)。第1回については、スペースの都合上、事前に参加登録をお願いします(申し込み多数の場合会場を変更します)。その他の回については事前登録不要です。
  • 問い合わせ・事前登録はこちらにお願いします:岡山大学文学部 植村玄輝(uemurag[at]okayama-u.ac.jp)
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2018-03-27

[] アクターネットワーク理論と社会学研究会  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

1)13:00〜15:00ごろ

  • 「アネマリー・モルの実行概念(enactment)について(仮)」
    話題提供者:浜田 明範 氏(関西大学
  • 文献:Mol, A., 2002. The body multiple : ontology in medical practice. Duke University Press.(=浜田明範・田口陽子訳, 2016. 『多としての身体 : 医療実践における存在論』水声社.)

2)15:00〜17:00ごろ

※ご参加予定の方は、できる限り事前に上掲の書籍・論文をお読みの上、ご参加ください。

今回は、アクターネットワーク理論の主題のひとつである「実在」「存在」の問題について考えます。

 第一報告で取り上げられるモルは、医療・身体の領域でのフィールドワークを続けつつ、「実在」「存在」をめぐる議論を展開してきたアクターネットワーク理論の中心人物のひとりです。同じ(と一般にみなされている)もの(例、動脈硬化)がじつは違う場所では違う形で取り扱われており、にもかかわらず、それらが「同一の存在」とされる(それによって患者の治療が成り立っている)という不思議さ、「同一の存在」とされること(あるいはその多様性を開いてみせること)の意味をめぐって議論できればと思います。

 第二報告では、近年の社会学や人類学、哲学等における「新しい物質主義」(New

Materialism)の展開についてご報告いただきます。近年、アクターネットワーク理論のほかにも、「存在」、あるいは一般的な言い方をすれば「モノ」を主題として取り上げるアプローチが出てきています(ハーマンらの思弁的実在論フーコー的な系譜学、アセンブラージ学派など)。それらのアプローチとの対比の中で、アクターネットワーク理論の「モノ」のとらえ方の特徴とその利害得失について考え、さらには、モノとの関係を論じることの社会学・人類学的な意義について考えたいと思います。

 活発な議論が期待されます。多くの方のご参加をお待ちしています。

この研究会について:フランスの社会学者ブリュノ・ラトゥールと彼(ら)の提唱するアクターネットワーク理論について検討しています。モノと切断された近代的な「人間」観や「社会」観、それらの背後にある「人間/自然」「主体/客体」といった二分法を根底から覆そうとするラトゥールらの議論は、フランス国内にとどまらず、また狭義の科学・技術論にとどまらず、多くの社会学者や人類学者に影響を与えてきました。この研究会では、ラトゥールやアクターネットワーク理論にかかわる文献を検討し、その社会学的な展開の可能性を考えます。学説史・理論的なアプローチとともに、科学社会学・産業社会学・医療社会学・環境社会学・メディア論・イノベーション論・社会変動論での展開など、多様な観点から検討していきたいと思っています。

  • 連絡先:y_ttis@yahoo.co.jp (立石 裕二、関西学院大学
    ※準備の都合上、参加予定の方はできるだけ事前にご連絡ください。また、今回は参加できない場合でも、ご連絡いただければ次回以降の開催予定等を共有させていただきます。
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2018-03-18

[] ことば・認知・インタラクション6  ことば・認知・インタラクション6 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  ことば・認知・インタラクション6 - 日曜社会学>社会学的告知  ことば・認知・インタラクション6 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

http://www.jdri.org/archives/888

会話は、ことばと認知とインタラクションが出会う場です。私たちのプロジェクトでは、言語学・心理学・会話分析・認知科学情報工学など、さまざまなアプローチから会話や話し言葉の諸現象に関する研究を行なっています。今回は2013年から数えて6回目の開催となります。今回は、新たな試みとして、「言語・相互行為研究の新展開:多様な場面の会話データから見えてくること」と題したパネル討論を設けることにしました。多彩なパネリストとともに活発に議論したいと思います。多くの方の参加をお待ちしております。

13:00-13:10 開会挨拶
13:10-13:50 講演1:森本郁代(関西学院大学
援助はどのように行われるか:サービス場面の相互行為分析
14:00-14:40 講演2:高梨克也(京都大学
会話する動機:職務でのコミュニケーションの分析に向けて
15:00-15:40 講演3:黒嶋智美(玉川大学
同定・確認作業における「見ること」の相互行為的基盤
15:50-17:30 パネル討論「言語・相互行為研究の新展開:多様な場面の会話データから見えてくること」

司会: 伝康晴(千葉大学
パネリスト: 西阪仰(千葉大学
土屋俊(大学改革支援・学位授与機構)
鈴木宏昭(青山学院大学
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2018-02-24

[] アクターネットワーク理論と社会学研究会  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知  アクターネットワーク理論と社会学研究会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

1)13:00〜15:00ごろ
  • 「『We Have Never Been Modern』の文献研究」
    話題提供者:額賀淑郎 氏(上智大学
  • 文献:Latour, B., 1993. We Have Never Been Modern. Harvard University Press. (フランス語版は1991)(邦訳:川村久美子訳, 2008. 『虚構の「近代」 : 科学人類学は警告する』. 新評論.)
2)15:00〜17:00ごろ
  • 研究報告等が入る可能性あり(未定)

※ご参加予定の方は、できる限り事前に上掲書をお読みの上、ご参加ください。

今回は、ラトゥールの主著のひとつである「We have never been modern」を取り上げます。良くも悪くも「近代」的な学問といえる社会学をはじめ、いわゆる「近代」的な認識の根源には、人間/非人間、(人間のみを扱う)政治/(非人間のみを扱う)科学という二分法があることを指摘した上で、そうした二分法を排したシメトリカルな認識の必要性を論じた本書は、批判・反論もふくめて大きな反響を呼んできました。本書を手がかりにして、その後の議論の蓄積にも目を向けつつ、モノと切断された近代的な「人間」観や「社会」観の問題性(あるいは、その不可避性?)、ラトゥールの近代性論の射程(やその限界)について考えたいと思います。

この研究会について:フランスの社会学者ブリュノ・ラトゥールと彼(ら)の提唱するアクターネットワーク理論について検討しています。モノと切断された近代的な「人間」観や「社会」観、それらの背後にある「人間/自然」「主体/客体」といった二分法を根底から覆そうとするラトゥールらの議論は、フランス国内にとどまらず、また狭義の科学・技術論にとどまらず、多くの社会学者や人類学者に影響を与えてきました。この研究会では、ラトゥールやアクターネットワーク理論にかかわる文献を検討し、その社会学的な展開の可能性を考えます。学説史・理論的なアプローチとともに、科学社会学・産業社会学・医療社会学・環境社会学・メディア論・イノベーション論・社会変動論での展開など、多様な観点から検討していきたいと思っています。

  • 連絡先:y_ttis[atmark]yahoo.co.jp (立石 裕二、関西学院大学
    ※準備の都合上、参加予定の方はできるだけ事前にご連絡ください。また、今回は参加できない場合でも、ご連絡いただければ次回以降の開催予定等を共有させていただきます。
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