Hatena::Groupsocinfo

日曜社会学>社会学的告知 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ただいま、はてなグループの→「カレンダー」機能の使用を検討中。
告知申請は →掲示板*か メール にて。

2011-05-28

[] 第七四回 哲学/倫理学セミナー  第七四回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  第七四回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知  第七四回 哲学/倫理学セミナー - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

http://pe-seminar.web.infoseek.co.jp/

第一部 13時30分から15時00分まで
  • 構想発表 「デリダにおける「神」の問題」鈴木 康則

 「他者」にかんする哲学的議論の多くは、「他なる人間」を想定していように思われる。しかしデリダの場合、時として「他者」を「神」と重ね合わせて論じている。デリダの議論において、「神」はいかなる意味を持っているのであろうか。この場合、デリダユダヤ教、あるいはキリスト教などの、特定の宗教にかかわる個人的信念が問題なのではない。彼自身の哲学的探求と「神」との関係が問題となる。

 比較的早い時期に書かれた論文である「差延」においては、自身の思考が(いわゆる)「否定神学とは区別される」ことを強調していたが、後年「否定神学」の多様性に注目し、神学的アプローチに分析を加えている。「神」に関する議論の増加は、例えばジャニコーがレヴィナスやアンリにおける「神学的転回」を論じた事態に重なるものであるのかは自明でないが、まずデリダにおける「神」がどのような筋道において問題とされているのかを考えてみたい。


第二部 15時10分から16時40分まで
  • 発表  「ヘーゲルにおける〈自己感情〉の概念」池松 辰男

 主人における欲望の充足、意識における神との直接的な接触、動物における有機的生命の維持、そして心身の統一など、これらさまざまにことなったことがらを指して、ヘーゲルはしばしば「自己感情(Selbstgefühl)」という言葉をもちいている。「自己意識Selbstbewusstsein」とくらべて散逸的なその言葉づかいをつうじて、「自己感情」がしめしているのは、身体をもち、欲望へと駆り立てられるところの有機的な生命としての、「自己意識」とはことなる自己のいまひとつのありかたではないだろうか。自己感情は、それ自体としては、労働や習慣といった営みをつうじて超えられてゆく契機にすぎない。それでもなお、まさにそれらの営みが具体的にいかにして成り立つかをみとどけるために、かならずしも判明でない件の概念の成り立ちをいますこしていねいにみさだめることには、充分に価値があると思われる。本発表の主題は、ヘーゲルにおける「自己感情」をめぐる言葉づかいを整理し、その意味するところと、それがほかの諸概念にたいしてもつ積極的な意義をみいだすことにある。

トラックバック - http://socinfo.g.hatena.ne.jp/contractio/20110528