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2012-04-21

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  • 日時:2012年4月21日(土)および22日(日)
  • 場所:千葉大学文学部


(4/21 or 22)ワークショップ「哲学と社会学のコラボレーションのために(II)」

  • 【オーガナイザ】
  • 【発表者】
    • 二瓶 真理子(哲学、東北大学 院)/中村 和生(社会学、青森大学)/前田 泰樹(社会学、東海大学)
  • 【コメンテータ】
主旨

 哲学と社会学の作業接点を探すワークショップの第二回目である。前回のワークショップでは、報告の方向こそ様々ではあったが、各報告ともに「〈実在論 対 反実在論〉という哲学的土俵設定は、少なくとも出発点においては議論を進める妨げになるだろう」という見通しを提示していた点では一致が見られた。今回は その点は前提とした上で、もう少し積極的な方向で コラボレーションのための接点を探してみたい。

 出発点を探るには、「人々は 実際のところ どのように暮らしを営んでいるのか」という社会学の ごく基本的な関心にたちかえるのが よいだろう。研究領域が実験科学の場合であれば、それはたとえば「科学者たちは実験室で 実際のところ どのように研究を進め・知見を獲得しているのか」といった研究課題に相当する。そこで今回は、この課題に取り組んだ先駆者であるブリュノ・ラトゥールの仕事を出発点にとり、

  • 「実験科学者たちが実際に おこなっていることの記述」という人類学や社会学による仕事は、科学哲学の どのような論点について・いかなる示唆を与えうるのかを確認し (二瓶報告)、
  • 「実験科学者たちが おこなっていることの適切な記述」という課題に照らして ラトゥールの仕事を再検討するとともに、それと対置しうるエスノメソドロジー的アプローチの特長を提示したうえで (中村報告)、さらに、
  • 「道具・器具・装置をつかって測る・評価する」という営みに関するエスノメソドロジー研究の実例を紹介することで、このアプローチの具体的イメージを喚起することにより (前田報告)、

議論を一歩前に進めることを試みたい。

二瓶報告要旨

 『実験室生活』において、ラトゥール=ウールガーは、科学的事実が「(社会的に)構成される」ことを示したとされる。おもに自然科学者・科学哲学者はこれまで、彼らがいかなる手法やマテリアルを使用して科学的事実の「社会的な構成」を記述しようとしたのかという点にあまり注意を払わないまま、彼らを反実在論ないし観念論の一種としての社会的構成主義者と断じてきたきらいがある。だが、『実験室生活』で重視すべきなのは、「科学的事実は実在の発見ではなく構成である」という帰結テーゼではなく、彼らがどのような仕方でその帰結に至ったのかというプロセスであろう。

 本報告では、まず(1)『実験室生活』がいかなる手法で、どのレベルの科学的事実の産出を記述しようとしているのかという点を明らかにする。これによって、彼らの主張が従来的な科学的実在論争における反実在論的立場とは異なるものであることも明らかになるだろう。そして、(2)哲学ないし知識論の観点から彼らの方法論(手法、マテリアル、分析手順など)をみた場合の接点と差異とを抽出する。これをもって、実践について哲学的に/社会学的に扱うとはいかなることなのかを考える足掛かりにしたい。

中村報告要旨

 ラトゥール=ウルガーの『実験室生活』は自然科学の実験室への最初の社会学/人類学的アプローチとして名高いけれども、いかなる科学の実質的内容(D.ブルア)を経験的に解明したのかに関して語られることは少ない。本報告では、彼らが実験室実践をどのように捉えたのかを振り返ったうえで、実践の研究としてどのような問題があり、その問題が、ラトゥール自身のものも含めて、後の研究によってどのように展開されていったのかを検討する。

 その際、ラトゥールが掲げたインスクリプションという概念をめぐってなされた研究に沿って検討を行う。ラトゥールは命題の形式的操作としてばかり実験実践を扱った『実験室生活』の問題点を後の経験的研究によって改善し、インスクリプションによる表象と実在との対応における段階的性質を主張していく。

 この段階性への見通しを得るにあたっては、実践の多様な合理性を描き出してきたエスノメソドロジー研究を参照する。それによって、ある対象の実在をどのように表象するのかは、先ずはその実践者にとって重大な問題であり、そのいみで、その実践に大きく依存するということ、さらには、そうした実践者の営みを捉える方法としてエスノメソドロジーを位置づけることができることを示したい。

前田報告要旨

 エスノメソドロジーは、日常会話から始まって、実験室で科学実験を行うこと、法廷で陪審員が評決を行うこと、病院で診察を受けること、といった様々な実践において、そこで用いられている「人びとの方法論」を研究してきた。科学社会学の分野において、M.リンチは、科学実践で用いられている理解や測定や評価の方法論をトピック化しつつ記述していくことを推奨している(『科学実践と日常行為』)。他方で、リンチは、たとえば「測定」といった活動が、科学「においても」科学「を超えても」なされていること、むしろ、それらは日常生活の一部でもあることを示唆していた。

 本報告では、こうした「測定」や「評価」といった活動をめぐる事例の1つとして、急性期病棟における緩和ケアの実践について分析したい。「痛み」をどのように理解する(べき)か、という問いは、社会学者や哲学者にとっての問題である以上に、何よりも実践の参加者たちにとっての問題である。そこでは、どのように「痛み」は対象化されているのだろうか。この問いに答えることを通じて、「測定」や「評価」といった活動を含み込んだ実践を社会学的に記述していく方法を示したい。

  • ※当ワークショップには、哲学者と社会学者からなるオンライン・ディスカッション・グループが存在します。その(上記の面々を除く)現在のメンバーは、山本耕平(社会学、京都大学 非会員)、浦野茂(社会学、三重県立看護大学 非会員)、中河伸俊(社会学、関西大学 非会員)、横山輝雄(哲学、南山大学 会員)、成瀬 尚志(哲学、長崎外語大 会員)です。このグループに興味をお持ちの方は、酒井または井頭までコンタクトをお取り下さい。
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