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2012-10-06

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研究報告会 「エコノミーと倫理――「エコノミー」概念の思想史的発展」

  • 1)「バタイユ、聖なるエコノミー:オイコノミア的思考を超えて」佐々木 雄大 

 エコノミーとは何か。エコノミーが規制している思考の枠組みとはどのようなものか。そして、それを何らかの意味で乗り越える思想がありうるとすれば、それはどのようにしてか。本発表は、こうしたエコノミーについての問題を、いわゆる「経済」現象の観点からではなく、「エコノミー」概念の観点から思想史的に考察するものである。

 前半部ではまず、「エコノミー概念の倫理思想史的研究」から得られた知見をもとにして、 エコノミーの概念史を概観する。古代ギリシャにおける家政(oikonomia)、ストアにおける神の宇宙統治、キリスト教神学における経綸、そのラテン語訳である配置(dispositio)と配剤(dispensatio)、修辞学における配列、そして、近代におけるエコノミーの復興。――これらの検討を通じて浮かび上がってくるエコノミーの範型とは、通常我々が想定しているような「効率性」や「商業的交換」とは異質なもの、あるいは、それらをより根源的に規定するものであるだろう。

 後半部では、バタイユの思想をこうしたエコノミーの思想的系譜の下に位置付け、バタイユの「一般エコノミー」(économie générale)が伝統的なエコノミーの思考を顛倒させる試みであったことを示す。それは、世界を所有する主人=主体のエコノミーから、自己を贈与する至高者のエコノミーへの転換として描かれることになるだろう。


  • 2) 「経済学の「エコノミー」」 荒谷 大輔  

 前回の科研費共同研究で明らかになったように、「エコノミー」という概念は思想史上、特定の言説空間においてあらかじめ予期される「摂理」を示すものとして用いられてきたと考えられる。本発表では、その成果をふまえた上で、近代において「学」として成立した経済学において「エコノミー」がどのように捉えられているかを示すことを目的とする。その際にはしかし、一般に古典派経済学と呼ばれる理論体系と、その批判的乗り越えとしての限界革命後の経済学という二つの大きな思想的枠組みを分けて考える必要があるだろう。「古典派経済学」と呼ばれるアダム・スミス学派の経済学は、「無条件的な交換」から「セーの法則」へ至る過程におい て、特定の「エコノミー」の共有を前提として「体系化」されるものであるが、その後の経済学の革命(限界革命ケインズ革命)は、まさにその古典派の「原理」を批判することによって成立しているとみなされるからである。発表では、古典派のエコノミーの構造を概観した上で、それに対する経済学の「革命」、そしてそれによってどのような新たな「エコノミー」が形成されるに至ったのかを探求することになる。

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