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2012-12-08

[] 日本ヤスパース協会 第29回大会  日本ヤスパース協会 第29回大会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  日本ヤスパース協会 第29回大会 - 日曜社会学>社会学的告知  日本ヤスパース協会 第29回大会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

http://gold.zero.jp/existence/

  • 日時 : 2012年12月8日(土)12:40~17:30
  • 場所 : 早稲田大学文学部(戸山キャンパス)39号館 5階 第5会議室
研究発表 (13:00 ~ )
  1. 橋詰史晶(早稲田大学大学院)「二つのExistenz――フッサールヤスパース――」
  2. 内藤麻央(早稲田大学大学院)「ヤスパースハイデガー――実存に基づいて哲学することの意味をめぐって――」
  3. 大沢啓徳(早稲田大学非常勤講師)「マルセルのヤスパース批判」
講 演 (15:30 ~ )

[] ジェンダー法学会大会  ジェンダー法学会大会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  ジェンダー法学会大会 - 日曜社会学>社会学的告知  ジェンダー法学会大会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

http://www.tabi-go.com/genderlaw/info.htm#taikai10

プログラム

【プレ企画 12月7日(金)】 早稲田大学 8号館3F会議室
  • 「性暴力被害者支援法制の方向性-性暴力救援センターの現場から-」
【12月8日(土)(第1日)】早稲田大学国際会議場
  • 9:30-12:00 若手セッション 
    司会:谷口真由美(大阪国際大学
    • 報告1(理論と実務の架橋)法教育とジェンダーの交差 橋場典子(北海道大学)・高田恭子(大阪工業大学
    • 討論者 法哲学の視点から 吉良貴之(常盤大学)/実務家の視点から 伊藤朝日太郎(弁護士)
    • 報告2(法学の分野横断的対話)性的マイノリティに関する人権指標試論 則武立樹(大阪大学
    • 討論者 法哲学からのリプライ(1) 綾部六郎(同志社大学)/法哲学からのリプライ(2)池田弘乃 (東京大学
  • 13:30-17:30 シンポジウムⅠ「東アジアにおけるジェンダー法学の展開と課題」
    司会 林弘子(福岡大学、福岡県弁護士会)、小島妙子(仙台弁護士会
    • 1 中国における女性法学研究の現状と課題 馬憶南(北京大学
    • 2 台湾におけるジェンダー教育の進展   陳恵馨(台湾政治大学)
    • 3 韓国におけるジェンダー政策と女性の政治参画 金エリム(韓国放送通信大学)
    • 4 日本側からのコメント 浅倉むつ子(早稲田大学)
【12月9日(日)(第2日)】 早稲田大学・9号館5F第1会議室
  • 9:30-10:15 個別報告 
    司会 君塚正臣(横浜国立大学
    • ジェンダー法政策の決定プロセスにおける婦女聯合会の役割―現代中国のジェンダー観を探る手がかりとして一  李妍淑(北海道大学大学院法学研究科グローパルCOEプログラム・博士研究員)
  • 10:15-11:00 特別報告 ジェンダー法教育の現状と課題 李玉璽(台湾虎尾科技大学)司会 二宮周平立命館大学
  • 11:00-12:00 特別講演 性的少数者の権利保障 サブリナ=マッケナ(ハワイ州最高裁判事) 司会 二宮周平立命館大学
  • 13:30-17:30 シンポジウムⅡ 「セクシュアリティとジェンダー」
    司会 吉田克己(早稲田大学)、榊原富士子(東京弁護士会、早稲田大学)
  • 1 総論〜親密関係とセクシュアリティ 三成美保(奈良女子大学
  • 2 貞操概念と不貞の相手方への慰謝料 原田直子(福岡県弁護士会)、二宮周平立命館大学
  • 3 同性カップルの権利保障      谷口洋幸(高岡法科大学)
  • 4 性同一性障がい者の婚姻と嫡出推定 山下敏雅(東京弁護士会)、田巻帝子(新潟大学

[] 京都現代哲学コロキアム第4回例会「山口尚『クオリアの哲学と知識論証』(春秋社)合評会」  京都現代哲学コロキアム第4回例会「山口尚『クオリアの哲学と知識論証』(春秋社)合評会」 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  京都現代哲学コロキアム第4回例会「山口尚『クオリアの哲学と知識論証』(春秋社)合評会」 - 日曜社会学>社会学的告知  京都現代哲学コロキアム第4回例会「山口尚『クオリアの哲学と知識論証』(春秋社)合評会」 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

http://sites.google.com/site/kyotocolloquium/home/meetings

プログラム:

  • 14:00-14:40 金杉武司 「タイプB物理主義と説明ギャップ論証は論駁されたのか?」

 山口氏は著書『クオリアの哲学と知識論証』において、フランク・ジャクソンの知識論証の妥当性について考察することを通して、タイプA物理主義(「存在論的ギャップ」のみならず「認識論的ギャップ」をも否定するラディカルな物理主義)の擁護論を展開した。山口氏は、その議論を展開する中で、タイプA物理主義の対抗馬であり、「認識論的ギャップ」を認めるタイプB物理主義の論駁を試みている。本発表では、第一に、このタイプB物理主義の論駁が成功しているかという点を検討したい。特に山口氏は、科学的知識を完全に積み重ねた場合、白黒部屋の中でも《どのようなことかの知》を獲得することは可能であると論じることによってタイプB物理主義を否定する一方で、科学的知識を多少積み重ねるだけでは《どのようなことかの知》を得ることはできないと認めることによって、その《どのようなことかの知》とは何かという問いが残ると論じ、それをある種の能力として分析する立場を擁護しようとしているが、一見する限り、後者の議論は前者の議論の説得力を損なうものになっているように思われる。本発表ではまず、この見立てが適切であるかどうかという点を、山口氏を初めとする参加者の皆さんに問いたい。またこの考察を通して、知識論証に対する応答に関する従来の分類方法(本書65頁の表を参照)が最適なものであるのかという点についても検討したい。

 次に、知識論証と深く関連する説明ギャップ論証を論駁する山口氏の議論を取り上げ、その妥当性を検討したい。山口氏は、説明ギャップの存在を認めつつ、タイプA物理主義者が説明ギャップの存在を恐れる必要はないと論じる。山口氏は、その理由として、説明ギャップが埋められないとしても、科学的説明のプログラムが多くの成功を収めてきたという十分な客観的証拠に基づいて、物理主義が真であることを知ることができるからだと論じる。しかし、そのような証拠によって本当に、説明ギャップの存在を認めつつ、物理主義が真であることを知ることができるのだろうか。本発表では、この問題について考察することを通して、そもそも物理主義はどのような立場として定式化されるべきなのか、そして、説明ギャップの存在は物理主義にとってどのような意味を持つものであるのか、といった点について考えたい。

  • 14:40-15:20 鈴木生郎 「ルイス的分析と『物理主義』」

 山口尚『クオリアの哲学と知識論証』は、F.ジャクソンが物理主義批判として示した「知識論証」を題材に、心についての還元主義的な唯物論の立場を擁護するものである。本書が備える美点は多いが、特に、知識論証に対する既存の評価や応答をきわめて網羅的に検討している点、そして、展開される議論がつねに明確で面白い点(注を読むのがこれほど楽しい哲学書というのは珍しい)は特筆すべきだろう。こうした点で、本書は心の哲学の研究に資するのみならず、心に関心をもつ幅広い読者に受け入れられることは間違いない。

 とはいえ、本発表の目的は、本書で展開される心の哲学の評価ではない。むしろ本発表が目指すのは、形而上学研究者として、本書全体を貫く哲学的(形而上学的)プログラムを評価することである。そのプログラムとは、(1)D.ルイスの哲学的(形而上学的)分析の枠組みを全面的に採用し、(2)その枠組みに基づいて様々な形態の「物理主義」を擁護する、というものに他ならない。

 こうした評価の際に中心的に検討するのは、本書の第4章と第8章の議論である。第4章において山口氏は、知識論証に対する「新事実戦略」と呼ばれる応答を批判する。そこでのポイントは、ルイスの「自己的態度(attitude de se)」の分析に基づけば、新事実主義が拒否するタイプの「物理主義」を擁護できるということである。さらに第8章では、ジャクソンが擁護する表象主義を明確化する過程で、ルイスの様相実在論を採用すれば、表象内容の問題に「物理主義的解決」が与えられると論じられる。これらの議論は、どちらも先に指摘したプログラムを明確に打ち出したものである。

 評者はまず、これら二つの章で展開されている議論が成功しているのかどうかを批判的に検討する。さらに、こうした検討を通じて、本書で擁護される「物理主義」とは何か、ルイス的な分析枠組みがどこまで「物理主義的」でありうるのかといった疑問を提起したい。そして最後に、こうした疑問を本書のプログラムの評価や明確化に結びつけることができればと考えている。

  • 15:20-15:30 休憩
  • 15:30-16:10 山口尚 「Mary, Mary, Quite Contrary to Common Sense――金杉武司氏・鈴木生郎氏への応答」

 私の応答では、金杉さんと鈴木さんのご指摘を受けたうえで、自説のさらなる明確化を目指したい。また《物理主義とはそもそもどのような立場であるのか・あるべきなのか》も考えたい(これは皆で考えたい問題である)。

 金杉さんのご指摘は、「説明ギャップ」をめぐる私の態度にちぐはぐなところがある、というものである。実際にその感がある。おそらく私は《「説明ギャップ」ということで私が何を理解しているのか》をもっとしっかりと説明しなければならないだろう(そして説明ギャップといわゆる「認識論的ギャップ」の違いも説明しなければならない)。

 金杉さんの疑問へ答えるために私は「説明ギャップ」の三つの理解を区別したい。それは、タイプB物理主義的な理解、ジョゼフ・レヴァイン的な理解、フィリップ・ペティット的な理解、である。そして、三番目の理解(ペティット型)にもとづけば《説明ギャップの存在を認めつつ物理主義が真であることを知りうる》と主張できる点を指摘する。金杉さんと私は最終的に「ギャップの本性」の理解をめぐる点で対立するかもしれない。私はできる限り自分の理解を擁護したい。

 鈴木さんのご批判は、おそらく、拙著の思想のいわば「形而上学的な根幹」を標的にしている。この「根幹」の部分は著者本人にとっても明らかでないところがあるので、その明示化は文字どおり「望むところ」である。

 私は鈴木さんと「一人称的視点の存在論」をめぐって議論がしたいと考えている(おそらくこの点には鈴木さんも興味があると思われるので)。私は一般的に《三人称的なセッティングが与えられれば、存在論へ新たに一人称的アイテムをつけ加える必要はない》と考えるタイプの人間である。鈴木さんはどうだろうか。いずれにせよ、拙著の議論は今述べた一般的な形而上学的スタンスのもとで展開している(そのため、このスタンスを共有しないひとにとって拙著はナンセンスな本になりうる)。このスタンスの是非は、私が議論の俎上に載せてみたいもののひとつである。

 本応答において時間が許せばやってみたいことがある。それは、「ゆで卵は意識をもつか」という伝統的に誰も興味をもたなかった問いへ回答を与える、というものである――というのはジョークだが、これと関連した論点を扱う。私は以下のことを主張したい。第一に、《一人称的視点とは何か》に関して、視点のインフレ主義と視点のデフレ主義が分けられる。第二に視点のインフレ主義は、ルイス流の組み換え原理と一緒になって、ゾンビの可能性を帰結する。それゆえ、組み換え原理を認めるならば、唯物論者は視点のデフレ主義を採る必要がある。とはいえ――これが三番目の点だが――視点のデフレ主義はある種の汎心論を帰結する。かくして唯物論は「汎心論的な」性格をもつ立場になる。こうした点はファイグルなども気づいていたらしいが、私はこの点をできるかぎり明確な議論を通じて指摘したい。

  • 16:10-17:30 ディスカッション
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