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2013-03-14

[] 危機や災害に直面しての芸術の可能性  危機や災害に直面しての芸術の可能性 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  危機や災害に直面しての芸術の可能性 - 日曜社会学>社会学的告知  危機や災害に直面しての芸術の可能性 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

要参加申し込み。

http://www.goethe.de/ins/jp/tok/ver/ja10504770v.htm

  • 2013年3月14日(木)17:00-21:00 (ワークショップ)
  • 2013年3月15日(金)19:00-21:00 (講演会)
  • ドイツ文化会館ホールと図書館
  • 日本語とドイツ語
  • メールにて要参加登録
    • 03-3584-3203 yoshitsugu@tokyo.goethe.org

東日本大震災と福島の原発事故から一年を経た昨年3月、「3.11.以降の哲学の可能性」というテーマで東京と京都で4日間に亘るシンポジウムを行った。議論の中心に置かれたのは、技術の本質についての徹底した思索を展開したハイデガーの哲学であった。これを受けて、今年もこの議論を継続する。今回の基本テーマは、「危機の中の芸術の可能性」である。

ハイデガーによれば、危険と技術は分けることができない。技術そのものが危険であり危機をもたらすものなのである。技術は、一切を役立つものとして開示し、人間をも何かに役立つものとしてのみ承認し、技術的世界の内に閉じこめる。あらゆるものをその有用性を目指して開示する意志としての技術的世界は、すべてを覆い隠す闇であり、危険そのものなのである。

だが、ハイデガーは、詩人ヘルダーリンの詩句を引用しつつ言う。

「危険のあるところ、救うものも育つ」(『パトモス』より)

技術という危険そのものの中に、救うものが育つのだという。

それが、技術と同様な開示の働きと由来を持つが、支配しようとする意思ではない知、芸術である。このような形で今、技術時代の危機そのもの中から、芸術が最も真剣な課題として我々に押し迫ってきているのである。

今回我々は、この課題を真剣に受け止め、フライブル大学から、ギュンター・フィガル教授と日本で第一線で活躍している哲学研究者をお招きし、この問題をめぐるワークショップと講演会を以下のような内容で実行する。

2013年3月14日17:00 -21:00 東京ドイツ文化センター図書館
ワークショップ(研究者向け)

2013年3月15日19:00 -21:00 東京ドイツ文化センターホール
講演会

  • ギュンター・フィガル(フライブルク大学)「危機と災害に直面しての芸術の可能性」
  • 秋富克哉(京都工芸繊維大学)「危機と災害に直面しての芸術の可能性」
トラックバック - http://socinfo.g.hatena.ne.jp/contractio/20130314