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2014-11-27

[][] 朝日カルチャーセンター新宿:酒井泰斗「独学者のための社会学入門」(全2回)  朝日カルチャーセンター新宿:酒井泰斗「独学者のための社会学入門」(全2回) - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  朝日カルチャーセンター新宿:酒井泰斗「独学者のための社会学入門」(全2回) - 日曜社会学>社会学的告知  朝日カルチャーセンター新宿:酒井泰斗「独学者のための社会学入門」(全2回) - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

独学者のための社会学入門

社会学は、外延も核も茫洋としていて、独学者にとっては特にアクセスの難しい学問の一つであるように思います。とはいえ、現在の社会学は基本的には20世紀中葉の北米において作られたものであり、その革新は 大陸の社会学説を摂取しつつ、それを心理学や人類学の発想と技法の助けを借りて経験的に確かめようとするところから始まりました。そしてまた現在の社会学の多様性も、おおむね「これらの継承発展-と-それに対する反発」という軸におけるバリエーションとして捉えることができるように思います。したがって、この時期の議論を知っておくと社会学にアクセスしようとする際に役に立つでしょう。(講師 記)

概要

 この講義では、上述の理由から、当時の北米社会学において重要だった幾つかの研究主題(小集団、広告、選挙、組織など)から二つ程度を選んで解説します。これらは、

  • 北米における社会学の立ち上げに貢献し、
  • そこで開発された手法は現在でも用いられているにもかかわらず
  • 現在では社会学の領域からほぼ消えている

ものです。この不思議な事態について、事例を見ながら検討することで、社会学とは何だったのかについて みなさんと考えてみたいと思います。

出発点にして背景となるトピックの幾つか:
  • なぜアメリカ人たちにとって「コミュニケーション」という言葉が格別に重要だったのか。
  • なぜアメリカ人たちは「社会秩序」を問題としたのか。この言葉の意味しているものは何だったのか。
  • 心理学・人類学などとの学際的協力関係と財団からの予算獲得。
  • 20世紀中葉の社会学のトレンドにおいて、タルコット・パーソンズはどのような位置にあったのか。

などなど。


なお、この入門講義の次の企画として、ニクラス・ルーマンの著作を読む講座を提案中です。

こちらは、『制度としての基本権』『信頼』『マスメディアのリアリティ』『リスクの社会学』といった著作を、それぞれに相応しいゲストを招いて紹介・講読するものです。

11月の入門講義に多くの(具体的には45人以上の)方に来ていただけると、ルーマン講義企画が通る蓋然性が高くなります。

またそれだけでなく、行動科学は、ルーマン理論のもっともコアな基盤を為すものですから、11月講義はルーマン講義の準備・導入ともなっています。

ルーマン講義を受講したい(=実現させたい)方は、ぜひ「社会学入門」講義の方にもいらしてください。

トラックバック - http://socinfo.g.hatena.ne.jp/contractio/20141127

2007-05-26

[] Cultural Studies Forum (CSF) 5月例会  Cultural Studies Forum (CSF) 5月例会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  Cultural Studies Forum (CSF) 5月例会 - 日曜社会学>社会学的告知  Cultural Studies Forum (CSF) 5月例会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

1980年代末の「ワールドミュージック」ブームは冷戦期最後を飾る、「第三世界」からの、または「第三世界」を搾取するポピュラー音楽産業の一つの動向であった。1950年代以降に次々と欧米宗主国から独立していったアフリカやアジアの音楽には、ナショナリズムの高揚が波打っていたことが想像できる。一方で1990年代以降の日本において沖縄の音楽が脚光を浴び始めるのはまた別の文脈であって、冷戦以降の、グローバル化時代の幕開けという側面をもっている。今回のワークショップでは現在の東南アジアのポップス、アフリカのポップス、それに日本のポピュラー音楽の現況報告を通し、冷戦時代のものの総括を含めたワールド・ミュージックの現在を考える場としたい。その際冷戦期/グローバル化時代のワールドミュージックを語る上で、進化していくメディアを巡る政治経済体制の変化が、美学上の「趣味」の問題とともに鍵となるはずである。

皆様のご来場をお待ちしております。         (九谷浩之)

皆様、ふるっておいで下さい。笹川さんは大分県からはるばるいらっしゃいます。


【報告要旨】

1)平尾吉直氏(首都大学東京)「ジンバブエ都市ポピュラー音楽とコミュニティ」

首都ハラレや南部の町ブラワヨをはじめとするジンバブエ都市部のポピュラー音楽は、コミュニティとそこで行われる互助活動との関わりのなかで発展してきた。それは欧米の音楽や南アフリカのンパカンガ、コンゴ共和国(旧ザイール)のルンバなど周辺諸国の音楽を貪欲に取り入れながら、笑いを中心にすえることでコミュニティ内の教育やガス抜きの役割を果たしてきた。一方、政府はローデシア時代からコミュニティの互助活動を抑制しつつ利用してきており、音楽もまた例外ではなかった。そこには都市の労働人口を制御し、都合の良い労働力の流れを作り出そうとする意図が見え隠れする。政府の方針転換に翻弄されながらも、ジンバブエの都市住民は独自の娯楽としての都市ポピュラー音楽を発展させてきた。それはやがて農村や鉱山労働者の間で受け継がれてきたムビラ音楽などの要素を取り込み、歌詞のうえでもナショナリズム色を強めていく。こうして生まれたトーマス・マプーモなどによる「チムレンガ・ミュージック」がジンバブエの独立闘争において果たした役割は決して小さいものではなかった。しかし、独立後のムガベ政権もまた、コミュニティ活動を抑制しつつ利用するといった姿勢には変わりがなかった。トーマス・マプーモらは政府に対する批判を強め、いくつかの曲はジンバブエの放送から締め出されている。今回の発表では、こうしたジンバブエ都市ポピュラー音楽の歴史を跡づけながら、この国の現状において音楽が果たしうる役割を探りたい。

2)笹川秀夫氏(立命館アジア太平洋大学)

「タイとカンボジアのポピュラー音楽みるグローバル化と反グローバル化」いわゆる「ワールド・ミュージック」の流行以来、20余年を閲した結果、東南アジアのポピュラー音楽もまた日本で紹介される機会が増えた。ただし、流行当初にみられたインドネシア音楽の紹介のされ方にせよ、近年みられるタイのルークトゥンやモーラムといったジャンルをめぐる語りにせよ、「純粋」に「土着的」な音楽のみに高い評価が与えられてきたように思われる。そして、英米や日本から強い影響を受けた東南アジアのポップスは、「真正」な東南アジアの文化と見なされていないようにも思える。しかし、カルチュラル・スタディーズの課題が、「真正」とは見なしえない文化の検討をも包含することは、言を俟たない。本報告では、英米や日本からも影響を受けつつも、タイのポピュラー音楽が中国語圏と近年どのように連関しているか、また、タイ・ポップスがカンボジアでどのように受容されているかを概観する。あわせて、タイにおいて「中国的なもの」が商品化していく過程や、タイ文化の流入がカンボジアのナショナリズムを刺激し、反タイ感情を惹起している状況にも言及することで、グローバル化および反グローバル化がローカルな文脈でどのように現われているかについて考察を試みたい。

3)佐藤英孝氏(放送局勤務)「ルーツミュージックの日本における需要と受容」

かつて「民族音楽」とよばれ、主に学者の間で研究対象として扱われていた音楽が、「ワールドミュージック」というパッケージを与えられ、ヨーロッパを中心にポピュラー音楽の愛好者に届く経路が開かれたのが80年代後半のこと。20年近い月日を経た現在の受容のありようを、放送関係者の観点から報告する。また、測道のような話題ではあるが、日本においてミュージシャンが「ルーツミュージック」を消化した実践例を幾つか紹介しつつ、その中での受容を考えてみたい。

トラックバック - http://socinfo.g.hatena.ne.jp/contractio/20070526

2007-01-28

[][] 長岡克行『ルーマン/社会の理論の革命』合評会  長岡克行『ルーマン/社会の理論の革命』合評会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  長岡克行『ルーマン/社会の理論の革命』合評会 - 日曜社会学>社会学的告知  長岡克行『ルーマン/社会の理論の革命』合評会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント


ルーマン・フォーラム プレゼンツ
【( ´∀`)著者さんと】長岡克行『ルーマン/社会の理論の革命』合評会【語ろう(°∀°)その5!】

※要事前予約 終了しました。当日の報告要旨をアップしました:

報告要旨: 馬場靖雄三谷武司

今後、本書抜きにルーマンについて論じることは不可能になったと言ってよいだろう。(馬場靖雄、週間読書人 2006/10/27)


※参加希望の方は、1)名前と所属 2)簡単な自己紹介 3)「夜の部」(懇親会)参加希望の有無 を書いて、宛にお送りください。

※会場詳細などは、申込後に登録される「合評会ML」で告知します。

2006-09-22

[][] 日本教社会学会 第58回大会  日本教育社会学会 第58回大会 - 日曜社会学>社会学的告知 を含むブックマーク はてなブックマーク -  日本教育社会学会 第58回大会 - 日曜社会学>社会学的告知  日本教育社会学会 第58回大会 - 日曜社会学>社会学的告知 のブックマークコメント

大阪教育大学


ちなみに、23日にはこんなのが:

課題研究2:「ルーマン教育システム論の可能性を問う」
9/23 14:10〜17:00

 システム論というと、現状維持的なイメージが強いと思われがちだが、ルーマンの教育システム論は、その分析視点・理論的含意の双方においてきわめて「革命的」な内容を有している。ルーマンは、社会の構成要素を個人ではなくコミュニケーションとすることで、従来のあらゆる社会学的概念を革新することを可能とした。したがって、彼の教育システム論も、教育制度、教育しそう、教育目的、教育組織、教育方法、教育内容、教育政策など、教育社会学が対象としてきたほとんどすべての研究領域に対して、新しい理論的核心を迫るきわめて起爆力にとんだ理論として、我々の前にたち現れる。

 今次の課題研究では、その起爆力の内実を明らかにしたいと考えている。幸いにして、ルーマンの遺稿である『社会の教育システム』村上淳一訳)が一昨年東大出版会から出版され、議論の共通の土俵は整っている。具体的には、ルーマン教育システム理論の重要なキーワードである「授業」「子ども」「社会化」の3つの概念を取り上げ、それらの読み込みを通して従来の教育社会学のアプローチとは異なる分析地平がどのように開示されるかを提示することによって、新しい教育社会学の可能性について問おうというわけである。

 報告者としては、石戸氏、保田氏、鈴木氏の三氏にご登壇いただく。

 教育システム論の応用を図る仕事を精力的に行っている石戸氏には、従来の授業研究と異なった新しいシステム論的アプローチの可能性を提起していただく。次に、とりわけメディアとしての子ども概念、ライフコース概念を中心的に研究している保田氏には、ルーマンのシステム論に依拠した新しい子ども分析の可能性を提示していただく。最後に、システム理論に基づいた博士論文で学位を授与された鈴木氏には、「社会化」概念を「教育」概念との対比でシステム論的に定位し直すことにより、何が新しく見えてくるかについて、提言していただく。

 三氏による教育システム論の新しい分析可能性についての問題提起を通じて、具体的な教育をめぐる現実が、従来のアプローチとは異なったものとしてどのように構成されていくのか、その見方と見え方とをめぐって活発な議論が展開されることを期待したい。

トラックバック - http://socinfo.g.hatena.ne.jp/contractio/20060922