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2017-08-26

[] 第120回 哲学/倫理学セミナー

平成29年 8月 26日(土) 14:00〜17:45

  • 小泉圭徳「リクールの倫理学における再形象化の概念について」

ポール・リクールは『時間と物語』において物語り行為を筋を案出する段階にとどまらず、読者による受容の段階まで包括する一連の活動であるとした。読者の需要の段階を「再形象化」と彼は呼ぶ。本発表の主題はこの再形象化の概念を考えることである。 『時間と物語』以降、『他者のような自己自身』、『記憶、歴史、忘却』などの著作においてこの再形象化の概念が取りあげられているが、その意味するところは一定でない。このことはリクール解釈における課題の一つとなっている。

発表では、『他者のような自己自身』における「再形象化」の概念を中心に、倫理学の次元に限定して、分析する。リクールが「小エチカ」と自称する倫理学において、この概念が果たす役割を明らかにすることが本発表の目的である。

    • 【参考文献】
  • 中野裕考「カントのエナクティヴィズム」

 カントは『純粋理性批判』第二版第二十四節で「主観の行為としての運動」に言及しつつ、構想力についてかなり難解な考察を展開している。この箇所は一般に自己触発論と呼ばれ、悪しき心理学的説明として忌避されてきた。本発表はこの箇所を、現代知覚論における「エナクティヴィズム」の先駆形態として再評価することを提案してみる。もちろん現代知覚論の議論がそのままカントに当てはまるわけではないので、第一節でまず「カントのエナクティヴィズム」の内容を、アルヴァ・ノエの『知覚の中の行為』を参照しつつ確定させることから始める。続いて第二節でそれがカントのテクストにおいて実際に読みとりうる内容であることを示す。第三節で予想される反論に応え、第四節で以上の解釈が第二版演繹論においてもつ含意を見る。


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